急に「あれ?この人と合わないぞ」と感じ、付き合う友人が変わっていくのは自然なこと

まつもと
全然会いたいと思わなくなった友人がいるけど、なんでなんだろう。自分が冷たいのかな?

時が経つにつれて、そう思う友人がひとりふたりできてきました。これってなぜなのでしょう。

高校の時に毎日お昼を食べて、恋バナをしあった友人。大学時代、よく一緒に家を行き来してアホなことをしていた友達。

一生の友人だと思っていたのに。社会人になって少し経つと、そういう人がどんどん増える。

自分が薄情なのかな?これっておかしいこと?と思う人に向けて、私が感じたこと、他の方からの意見などをもとにまとめてみました。

自分のステージが変わると、付き合う人たちも変わる?

いつも私がツイートを見て(勝手に)影響を受けているたっつんさんの言葉は、すごく納得ができました。

たしかに自分が前とは違う世界に足を踏み入れる機会が増えることで、「合わない」と感じる友達が増えたと私も思います。

新しい友達がどんどんできて、私のことを「面白い」と言ってくれたり「また飲もうよ」って声かけてくれたりする人ができる。

かなりありがたい状況です。

でもその反面、自分から距離を置いてしまった昔からの友人もいる。

ちょっと複雑ですよね。自分勝手なんじゃないかとも思うはずです。

まつもと
わたしは過去を捨てるような人間なのか…

と不安にさえなります。

でも、これを他の人に話すと意外と多くの人がこういう経験をしていることに気づきました。みんなそうなんだ、と。

「あれ?」合わないな、のズレを感じる話題や行動とは

そもそも、これまで仲が良かったはずの人に対してどのようにズレを感じるようになるのか、いくつかのケースを簡単に述べます。

他人に対する愚痴

一緒にどうでもいい無駄話をして、愚痴を言い合い、他人を蔑むことを酒の肴にして気持ちよくなっている間柄のケース。

もちろん愚痴を言える相手は必要だけど、話題のほとんどが愚痴や他人のディスりとなると、ある日急にしんどくなってくることがあります。

いちいち他人のことを批判してなぜか上から目線でものを言うなんて、すごく小さいな、と気づく。

その人たちはその人の価値観で幸せを感じているのに

  • この子の生活ださくない?
  • この間この人こんな書き込みしてたよ

みたいなことを言う必要って、全くないと思うんです。でも、それを言い合って気持ちよくなる人たちもいる。

他人の幸せや生活を勝手に判断する人たちのほうがださいんですけど、気づかない(人もいる)。

だから、これに違和感をおぼえるようになった人は「ん?この会話って意味ないぞ?」と思うようになり、この話題ばかり持ちかけてくる人たちとの会話が辛くなってくる。もちろん、会うことすら嫌になる。

まつもと
楽しくな〜い。ぜんぶ陰湿でつまんなっ!楽しい話はないの…?

という気持ちがどんどん強くなっていきます。

自分のこと、仕事観

これは、自分が個人的に取り組んでいることや、仕事のモチベーションや未来のイメージについて話したときに、どこにも共感できないケースです。

  • 自分の会社を持つために貯金しながら人脈広げながら仕事に取り組んでいる
  • なんとなく入った会社に不満はあるけどやりたいこともないからとりあえず働いている

こういうふたりは、全く違うからこそ仲良くなれるケースもあります。

でも、普段張っているアンテナが違いすぎるので、話題が広がらなくなることもあります。

片方は「この人なにも意志がないな。つまんない」と思い、もう片方は「なんかこの人ガツガツしてて苦手。自分がみじめに思えてきてつらい」とすれ違う場合もあります。

もちろん片方は「一緒にいて楽」「知らない世界を知られて楽しい」などと思っている反面、もう片方だけ違和感をおぼえることもありますね。

いくつかのパターンこそあれど、どちらかが心のなかで上記のようなことを感じてズレを認識します。

まつもと
やりたいことがない人への理解はあるけど、確かにその人との仕事の話はまじで広がらなかったことあるな〜

他人を思いやり、「与える」気遣い

これは「与える側」か「待ちの側」かというところで違いが見えてくるケースです。

相手をほめたり、元気づけたりすることを日常的にできる人って、愛されるし人も集まってくる。自然と褒め言葉をもらうようになるし、

  • こういうところ行こうよ!
  • こういうのやろうよ!

という誘いもどんどん来る。

でも、「私なんて…」という自虐を話して、相手に「そんなことないよ!」ってフォローしてもらうの「待ち」、辛い時だけ連絡して悩みを聞いてもらうの「待ち」、出かけても調べてもらうの「待ち」、連れてってもらうの「待ち」、かまってもらうの「待ち」の人に対しては、「自分の行きたいところがあって、連れ回したい!」という人じゃない限りなかなか辛いです。

出会って最初の頃はがんばれても、いつか「私はガイドさんなの?」「俺は保護者なのか?」と気づき、その人との間にズレがはっきりと出てしまいます。

まつもと
相手を認め、素直にほめることが相手にとっても未来の自分にとってもプラスになる…ということに気づけば勝ちなんだけどね

これまでの友人が「合わない」は、自分が成長した証拠!仕方ないこと

昔から仲の良かった友人と「もう会わなくていいや」と思うのは、上記のようなズレから起こることが多く、それはもうどうにもできないことだと思います。

一度感じた違和感は、「気づかなかったことにする」ことができないからです。

自分がその「ズレ」を感じる話をしていて、もしくはそういう人たちと一緒にいて

  • 楽しくない
  • なにもタメにならない
  • ただただしんどい
  • 一緒にいればいるほど暗くなってしまう

などと感じるなら、離れるのが至極当然だと思います。

自分の経験をもとに私もそう実感しました。

実際、そういう人たちと一緒にいる空間って居心地悪いので、本当になにも楽しくない。距離を置きたいと思った「昔の友人」と会わなくなっても、特に不便を感じていないし、「何してるかな?」なんて気にもなりません。

自分の成長に合わせて、ステージが変わっていくことは「良い変化なんだ」と思うことにしましょう〜!

新しい世界が始まるサインなんだと思えば、楽しみになるだけです。

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1 個のコメント

  • こんにちは。色々と検索していたらこちらの記事にたどり着きました。

    わたしも最近、大学でいつも一緒にいた友人達と久しぶりに会ったとき、「もう会わなくてもいいかな」と思ってしまう経験がありました。
    ですがこの記事を読んで、社会に出て様々な人と出会ったこと、大学では一人になるのが嫌だから友人達と一緒に行動していたが、今後はそうする必要がないこと、などなど、色々と考え直すことができ、とても気持ちが楽になりました。

    少し自己中かな、とも思いますが、「与える側」に立ってこれからも様々な人と出会い、良い変化をしていけたらいいなと思います。

    きっとわたしは誰かに、この記事に書かれていることをズバリ言ってほしかったのだと思います。
    おかげさまで、大学生の頃から抱えていたモヤモヤが少し晴れた気がします。
    思わずコメントを残してしまいました。ありがとうございました!

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