ライターの第一関門「個性を消す」が難しすぎる

ライターの悩み
まつもと
こんにちは!編集・ライターの松本紋芽(@Sta_iM)です

 

ライターの人が悩む「主観を消すことの葛藤」について、参考になりそうなnoteを発見したので共有します。

 

特に

  • これからライターになりたい
  • ライターのスランプに陥っている
  • なんとなく自分の原稿に納得がいかない

という人の参考になれば幸いです。

 

古賀史健氏のnote どうしても消したかった「おれ」より

どんな記事でもにじみ出る「自分」という邪魔な存在

古賀氏は、ライターをはじめたころ、どんな原稿にも「自分」が見えてしまっていたことに悩んでいたそうです。

なにを書いても原稿から「おれ」の匂いがする。どうにも田舎っぽい、いかにも手づくり感の漂う、つまりは素人くささの抜けない、洗練とはほど遠い原稿ばかりを書いていた。署名記事でもなく、「おれ」を読みたがっている読者など皆無であるゆえ、「おれ」の匂いがただただ邪魔だった。まわりの人がどんなに褒めてくれても、自分にはわかる「おれ」の匂いだ。

出典:note 古賀史健 どうしても消したかった「おれ」。

 

これは私もすごくよくわかります。

過去に寄稿した記事のなかで、完全に「私」という存在を匂わせてはいけないものがありました。

 

だけど、つい自分なりのテンションを入れそうになる。

主観っぽい書き方をしてしまう。

 

入れない方がいいってわかってるのに、気づいたら出ている「自分」。ものすごく邪魔です。

 

確かに、記事によっては個性をガンガンだして良いものもありますが、ライターとして駆け出しのころ、記名もないような記事を書かなければいけないころは「フラットさ」が求められます。

ほかの仕事のことはわからないけれど、ライターとして食べていくためにはまず、余計な「個性」を消す努力が必要になる。そこで自分がこだわっている「個性」とは、読者にとってはただのノイズであり、アマチュア臭であり、野暮ったさでしかない。

出典:note 古賀史健 どうしても消したかった「おれ」。

 

 

私が会社員として健康系のメディアをやっていたときは

識者への取材の内容や、研究結果を淡々と述べることを大前提に編集していました。

 

 

なぜなら、そのサイトに来る人は「偏頭痛 原因」「偏頭痛 治す 方法」とかで調べてきているから。

 

シンプルにそれだけを求めているのに、ところどころライターの感情や意見があったら「なにこれ?」って思いますよね。

思わなくても、無意識にそのサイトを閉じて違うサイトに移られる可能性は十分にあります。

 

 

だから、情報のために不要なのであれば「個性」は消す必要があること、そしてそれを消すことは意識してもなかなか消しきれないということがあるのです。

 

器用に「自分」を使い分けて仕事をバンバンこなす

古賀氏は、悩みながらもどうにか自分を消すことに成功し、情報誌、女性誌、男性誌…など、あらゆるジャンルの記事を書いけるようになる。

 

「ぽい感じ」のものを書いて、たくさん仕事をまわせるようになる。

 

そうすると、キャリアが積まれていきます。

 

ついに「個人」に目を向けられる時期に。個性的な内容を求められる

彼がライターとしての地位を確立していくと、今度は「器用にうまく汲み取ってなんでも書いてくれるライター」から「その人なりの視点で書いてくれるライター」性を求められるようになります。

 

そこで、あれだけ消せなかった「自分」がいないことに気づいたそう。

中堅クラスのキャリアに差しかかり、いよいよ「〇〇風」ではない「おれ」の原稿を求められるようになった。なにも演じず、なにも隠さず、自分の思うとおりにのびのびと書ける場が、与えられた。

するとまあ、見事に「おれ」がいないのである。

あんなに消したかった「おれ」が、あれほど力ずくで蓋をしてきた「おれ」が、書いても書いても見当たらず、探しても探しても行方しらずなのである。いやあ、これはほんとうにおどろいた。

出典:note 古賀史健 どうしても消したかった「おれ」。

 

ライターのキャリアとしての自分を考えよう

わたしはいま、どのフェーズにいるのか?

ライターの駆け出しのころは、どうしてもひとりよがりになりやすく、自己満の内容を書いてしまい「需要とのズレ」が生じてしまう。

 

器用に書けるようになると、自分の軸やキャラクターをどう打ち出せばいいのかわからず、自分風の記事に仕上げた結果「需要とのズレ」が生じてしまう

 

私はどちらかというと前者のフェーズにいると思います。

ありがたいことに、執筆させていただいている媒体の方たちは「個性」をのぞかせる大切さを持ってくれているので、ちょっと違うけれど…それでも気をつけていることがあります。

 

それは、

個性がにじみ出るのはいいけれど、個性を放出しすぎるとその記事に違和感が出てしまう。

 

今の自分がライターとして何を求められているのか?

つまり、

  • 読みやすさや離脱しにくさの「対策」のひとつとして主観がある文はアリ。
  • 自分を出しすぎて「自己満」になるのはナシ

ということなのだと思います。

 

私もそうですが、ライターのみなさまも、

今の自分は「個性」を求められているのか「汎用性」を求められているのか意識してみると、書き方も気をつけられるのではないかでしょうか。

 

 

 

とにかく!参考になると思うのでこちらのnoteをぜひ読んでみてください!

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