「嫌なことも我慢して働き続けるのが大人だ」という人は「いじめ」にも寄り添えないと思う

いじめ。

 

いじめっていろんな種類ありますよね。

私の中学校では「いじめ」がありました。

なんとなく気にくわない人を「いじめ」の対象にする

中学校で出会った人のなかに、活発で頭が良くて運動ができる女の子いました。

 

私はこの人とすぐ仲良くなりました。面白いし、波長も合うから話もたくさんしました。

入った部活も同じテニス部で、組んだペアも偶然同じでした。

いじめを抜きにすると、とっても楽しい相手なんです。

 

つまり、この子がいじめっ子です。この子のいじめの手法は、なんとなくむかつく人をなんとなくシカトしたり、さらっと仲間に入れずに他の人と話を盛り上げて疎外感を与えたりする感じです。

 

もっとエスカレートするとその人の性格や身体的な特徴を挙げて

私さぁ〜、◯◯な性格の人とかめっちゃ嫌いなんだよねwwww

と違う友達に大きい声で話しかけてるふりして、いじめの対象者を傷つけるなどします。

 

でも、彼女はなんでもできる人だ(と当時は見えた)から、人気がある。

カリスマ性みたいな感じ。勉強もスポーツもできて、顔も「かわいい」と言われるタイプ。そして明るくて面白い。

だから、いじめの対象にならなければ、一緒にすっごくすっごく楽しい時間を過ごせる。

 

そのため、みんなその子に気に入られるように(&いじめられないように)全力で媚を売るんです…。

まつもと
なかば女王様みたいな、わがままが全て許される絶対的な存在というやつです

 

でも、この子は「特定の人を対象にしていじめる」ことに飽きるので、次々といじめの対象者を替えます。

だから、たぶんこの人と同じ部活もしくは同じクラスになった人でいじめられたことがない人はいない。と断言できるくらい定期的に対象者を替えていました。

 

私とその子は部活が同じだから、クラス替えなんて関係なく毎日会います。ペアだからいやでも話さなきゃいけない。

空気みたいな扱いを受けても試合ではペア。

 

はやく解放されたかったです。彼女のことを一言も悪く言えない世界から。

その世界で陰口をだれかが漏らして、また自分がいじめの対象になるのが嫌だから…だれも彼女の陰口を言わなかったんです。

高校では「いじめがない」世界に驚愕。配慮のあるクラスメイトだらけ

高校はその子と違うところに入学したので、まさに目の上のたんこぶがとれたようでした。清々しい気持ちでした。

 

でも、自分のクラスに入って静かに着席しているときは周りを見渡しながら

まつもと
あの子強めな感じ…。こわいなぁ、いじめられたりするのかなぁ、またドロドロの生活になるのかなぁ

とすごく不安でした。

これまでの世界が、どうせまた続くんだろうと思っていました。

 

 

でも、なんにも心配なかった!!!!!

 

  • いつも同じグループで固まる
  • 違うグループの子たちとはそんなに話さない
  • 自分のグループに、他のグループの子を入れない
  • 陰口を言って傷つける

こんなこと、ひとつもありません。

 

なんなら

入学したてに席の近い子とよく話していたけど、なんとなく合わないでいる子を自然と「ごはん一緒に食べる?」と誘っている子がいたり、なんとなくできていた仲良しグループの垣根を超えて、休日は自由なメンバーで遊んだり…という感じでした。

 

民度が高い、とでもいうのでしょうか。

 

 

だから、高校生活はとても楽しかったです。変なしがらみがなく、ありのままの自分をみんなが穏やかに受け止めてくれる世界。

最高でした。

 

休日は

まつもと
はやく月曜にならないかなぁ!

と家で思うことがなんどもありました。

というか、学校に行きたくない日が1日もありませんでした。

 

学校はとても閉鎖的。他の居場所は絶対にある

大人になってみると、学校というのはとても閉ざされた世界だと思います。

 

あの世界のルールが世の中のすべてみたいに見えるし、いくらクラス替えや席替えがあったとしても、根本の意識が変わらない。

「文化祭で絆をたしかめ合う」みたいなイベントがあったとしても、日常に戻ればみんなの人間関係も戻ります。

 

私は、中学生のころ、朝が来るたびに「なんで目が覚めたんだろうな」と思っていたし「なんで死ぬ勇気がないんだろうな」って思っていたけど、

今見てみると、あんなちっぽけな世界で閉じこもっている必要なんてなかったんだと思います。

 

 

でも、小さな自分には、外に広い世界が広がっているなんて思えなかったし、そんな考えも浮かぶはずがない。信頼できない「大人」である先生にこのことを相談しようなんて思わないから、実質、八方塞がりです。

 

 

今もまだ、

不登校=ダメなやつ

みたいな意識がどこかであるのかもしれないけれど、本人が辛いなら、それでいいと思う。狭い「学校」という世界に閉じこもりに行く必要はない。

 

そして、周りの人は、学校以外でその人の「居場所」を作ってほしい。私はそれがなかったけど、いや、もしかしたらそれは家だったのかもしれないけど、そうやって自分が自分でいられるところを見つけるサポートをしてほしい。

 

メイクが好きな子だったら、みんなが学校に行っている昼間に、デパートとかに連れて行ってメイク用品を買ってあげてほしいし

ゲームが好きだったらひたすら極めて、そのゲーム界の「神」的存在になれるくらい熱中できるよう「勉強しなさい」とうるさく言わないでほしい。

 

 

辛い気持ちを抱えている彼ら、彼女らは、自分のことをだいぶ否定的に評価しているから、

  • 「メイクもっとやりなよ」
  • 「ゲーム今度教えてよ」

みたいな肯定をもらえるだけで、だいぶ救われた気持ちになります。

 

誰も自分を理解してくれる人なんていないと思っているので、本当に生き返ったようになる。

 

ただ、そのためには親や周りの大人も「学校が全て」みたいな意識を捨てる必要があると思います。

 

例えば

嫌なことがあってもやりたいことと違くても、私は今の会社でずっと働いてる。すぐ辞めるダメな人たちもいるけど、私は違う。辛抱強さって大事だ。

みたいな考えの人は、結局不登校の人にも「我慢すればいつか笑って振り返られる時が来るよ」とか言うのでしょうね。まったくその時のその子の心情に寄り添っていない言葉を浴びせて傷つけるはず。

 

 

そして私は安易に「いじめはよくない」「いじめはやめましょう」とかは言いたくない。

なぜなら、現実的じゃないから。そんなアナウンスでなくなるんだったら苦労しません。

 

いじめは簡単になくならないと思います。でも、学校以外のフィールドに連れ出して、その人がその人の存在価値を見出せる場所を見つける手助けをできる大人がたくさんいてほしい。

というか、いないと何も変わらないと思う。

 

 

すごくまとまらないけど、悩める子どもたちの「今」に寄り添ってほしい。

大人からのアツいアドバイスとかはしないで、その子が自然でいられる場所を探してほしいです。

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