みなさんは、仕事をするとき、なにかアイディアを考えるとき
何を動機にしていますか?
または、就職の面接で「何をモットーに仕事を選んでいますか?」と言われたとき、どう返答していますか?
私たちは何にでも「それらしい理由」をつけたがる
面接で「なんでこの会社を志望したのですか?」と聞かれて
みたいなカンペ通りのことをいいますよね?
本当は
とか
などと思っていても言いませんよね。
仕事に関係なくても
会社のおしゃれな人の影響を受けてワンピースを買ったり、ピアスを集めだしたりすることってよくあります。
そこで他の人に
「最近なんか雰囲気かわったね!前よりおしゃれになってすてきだよ」
と言われても、
と言ってしまう。
なぜなのか。
それは、不純な気持ちには後ろめたさがあるから。タブー感があるから。
陰と陽でいったら、陰の方の理由はなんだか自分というものが小さくて薄っぺらいものに見られそう。
だから「社会のため」や「こういう部分が私の考えにマッチしていた」といった陽の理由だけを並べてしまう。
軽々しく友達に「理由」や「動機」を突きつけられた瞬間、頭がフル回転する。そして、「へぇ〜!」と感心されそうな理由を話してしまう。プライドというものも関係していると思います。
でも、そんな時に、「不純な動機があったっていい!」ということを教えてくれた本に出会いました。
”いろいろな動機が合わさっていていい”
それは、山田ズーニーさんの「おとなの小論文教室。」という本。
『おとなの小論文教室。』重版になりました! みなさま、ありがとうございます! pic.twitter.com/NZz94hFAXn
— 山田ズーニー (@zoonieyamada) December 28, 2015
山田ズーニーさんのことは、宣伝会議の「編集・ライター講座」で初めて存在を知りました。
講座では、発言すること、自分を表現することを第一に、ズーニーさんの目の前に座る大勢の受講生それぞれを「ひとりの人間」として見て扱ってくれているように感じました。
それだけで好きになってしまいました。
その本には、こんなことが書いてありました。
褒められたい、という気持ちがわいたら、それも自分と受け入れる、
仕事を得たいと思ったら、それも、素直な気持ちと認める。
そうやって、清濁あわさったものの中から、もっと太くて、あったかい、自分の動機を立ち上げていけばいいのだ。
そんなときに、あんな燃料はだめ、これはだめ、と燃料から不純物を排除して、小さく小さくし、やがて発電もできなくなるよりは、どんな燃料でも、つかんで、燃やして、前に前に進んだほうがずっといい。
引用はどちらも、河出書房新車「おとなの小論文教室。」山田ズーニー 著 より。
このとき、凝り固まった「それらしい理由を話す自分」へのプレッシャーがフワッと消えたような感覚に陥りました。
- 動機は、陽の意見「ひとつだけ」じゃなくていい
- いくつもの燃料があったほうがいい
- お金のため、自分の幸せのため…も大事な燃料
こういうことが受け入れられたら、仕事をすることも、このようにブログを書くことも、変に構えなくていいのかもしれない…と感じました。
現にここ数日ブログが書けない病気にかかっていたので、ズーニーさんのこの本の言葉を思い出してはすこしずつ燃料を再燃させていくことができました。
私がブログをする理由も、すべて受け入れる!
だからもう、堂々と、このブログをしている理由も言えます。
- 売り込みをしたときに「どういうことを書く人なのか」を編集者さんに簡単に理解してほしい
- どんなことがあっても、会社に遅刻しないようにする生活から卒業したい(フリーランスになるため)
- 文章でお金を稼げるようになりたい
- 私の好きな人たちと仕事をしたい
- 自分というものを知ってほしい
- 気持ちを解放する場がほしい
- 発信し続けることで多くの人の目に留まる存在になりたい
- 目標としているライターさんの生活に憧れるから
こういういくつもの動機や目的を自分が認めることで、自己肯定感も高まって、穏やかな気持ちで行動できるようになりますよ。
だれかに「いいじゃん!それすごくいいことだよ」と言われると急にやる気が上がるのと同じように、
自分が自分にそれをやってあげるんです。
それだけでなんだか、うきうきしてきますよ。
もっともらしい理由がなかなか表現できなくて悩んでいる人は、いちど、自分の素直な動機をいくつも挙げてみるといいと思います。
そしてそれを「薄っぺらい」「幼稚園生の理由かよ!」などと自分で否定せず、認めてあげる。
認めることで、それぞれが大事な燃料になりますし、その先の「より深く考える」ことにつながり、自分の行動の動機が明確に見えてくると思います。
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