「いい歳してそんなことやってるの?」違います、その人とあなたは民族が違うだけなんです

自分の好きなこと。それを周りの人すべてが肯定してくれるとは限らないですよね。

20歳を超えてアイドルを追いかけている人、30歳を超えて休日はゲームばっかりしている人、40歳を超えてプリクラを撮ることが好きな人、50歳を超えてキティちゃんグッズを集めている人。

「いい歳してそんなことしているの?年齢的にアウトだよ」と思われている場合があります。

ただしそれは、年齢ではないんだということがわかってきました。一時期ブームになったものが定着し、そのまま続いていくということは、そういう「民族」になっている、と言えると思います。

いろんな民族の一例

私の周りに、助詞の「は」を「わ」と書く人がいます。「そういう」を「そおゆう」とも書きますね。

また別の20代後半の女性は、目が大きく加工された「盛れている」プリクラをFacebookにアップしています。

車高が低い車で大音量の音楽をかけてドライブしている人もいますし、アイドルのコンサートのために全国を駆け巡っている人もいます。

「軽蔑」は自分のものさしで測った結果にすぎない

数年前まで、そういう人たちのことを軽蔑していましたし、恥ずかしいと思っていました。「いいかげん卒業しなよ」と心の中で思っていて、その人より自分は高い位置から眺めているような感覚でした。

でも、そういう人たちは、その民族に属しているだけなのだと気づきました。プリクラを撮る人はおそらく5年後も10年後もプリクラを撮ると思います。アイドルが好きな人は、年齢とともに応援の仕方が変わることはあるかもしれません。でも、愛情を持ったまま、なんなら娘ができたら一緒にまた追っかけをするのでしょう。

そういう人に対して、自分のものさしで判断して「いい歳して…。やめなよ」と年齢を引き合いに出すのは無理があります。自分はその民族ではないからそう思うだけです。

否定的に捉える人もいれば、世の中にはそういう民族を「面白い」「すばらしい」「極めていてかっこいい」とさまざまな捉え方をする民族もいるのです。

「裸族」を見て「赤ちゃんでもあるまいし」と軽蔑するか?

わたしたちの世界には、裸族がいますよね。でも、そんな人たちに対して、「赤ちゃんのころならまだしも…いいかげん服着ろよ!」なんて思わないですよね。

「こんな民族がいるんだ〜」「みんな恥ずかしくないのかな?」とは思っても、そんな個人の価値観を振りかざして批判することはないでしょう。

それは、そういう民族もいるんだということを受け入れているからだと思います。

その民族のやっていることを「やりたい」とは思わない。でも、自分とは違う世界でその世界のルールにのっとって生きているんだという解釈をしているはずです。

自分とは違う民族を「把握する」

裸族への解釈と同じように、助詞の「は」を「わ」と使う人、ゲームを溺愛する人、アイドルを追いかける人。そういう人たちの全てを理解しようとしなくていいと思います。

自分が属さない民族がいて、そこの民族の中では独自に尊重するものがある。その民族みんなが共通の意識を持って生活しているということを認識することが大切だと思います。理解はできなくてもそれを把握すること。

世の中にはあなたの好きなもの、あなたの生き方を全く理解できない人なんていっぱいいるんです。でもあなたはとやかく言われたくないですよね。それと同じです。自分の理解が及ばないことに対して勝手に自分の価値観を押し付けない、批判しない。

いろんな民族がいてこそ世界は面白いんです。周りの民族とは一定の距離を保って、「把握する」「認識する」ことができれば、無駄な誹謗中傷も少しは変わるのではないかと思います。平和に共存していきたいですね。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です